キャイーン
天野さんはどんな子どもでしたか? 利発だった雰囲気がありますが。

天野 ぼくは引っ込み思案でおとなしい子だったんですよ。家族で遊園地へ遊びに行ったときに、お気に入りだった赤色の帽子を知らないおじさんにとられてしまったんですが、そのおじさんに何も言えず、両親にも報告できなかったんですよね。今だったら「おいおいおい!」と突っ込むところですけど(笑)。そんなふうに自己主張は苦手でしたけど、絵を描くことは大好きで、よく恐竜の絵を描いていました。今思えば、描くことでいろいろな気持ちを表現していたのかもしれませんね。

 両親は、他人に迷惑をかけなければ、何をしても叱りませんでした。忘れられないのは、小学5年生のとき。友達と遊んでいたら、ついつい夢中になって帰りが遅くなってしまい、友達の両親を心配させてしまったんです。そのとき初めて、親父から真剣に怒られました。驚くと同時に愛されているんだなって、グッときましたね。

ウドさんは? 元気いっぱいの子どもだったんでしょうか?

ウド ぼくのうちは裕福ではなかったので、オモチャとかなかったんですよね。石を集めたり牛乳のフタを集めたり…。いつもあるものを工夫して遊んでいました。あるとき「サンタクロースにプレゼントをもらえますように」って、靴下を下げてすごく楽しみにして寝たんですけど、次の日、靴下の中に何も入ってなくてガッカリしていたら、5円玉がポロリと。「あー、おばあちゃんがぼくをかわいそうに思って入れてくれたんだ」と思ったら、子どもながらに泣けてきましたね〜。

 それからぼくは運動神経が鈍くて、逆上がりもできないし、缶蹴りしてもずっと鬼だったり。おまけに人見知りだから、正直集団で遊ぶのは苦手でしたけど、参加することに意義がある!という感じで楽しんでいました。

 子どものころ、大好きな先生の胸に「タッチしたいな〜」と思っていて、その思いを親友に話したんです。2人の秘密にしたのに、あっという間に先生に知られていました(笑)。先生からは「先生の胸を触ってはいけないの」と言われましたが、何でいけないかという説明は全くなくて、モヤモヤを抱えたまま消極的な子ども時代を過ごしました。たとえ「子どもに話しても分からないだろう」と思っても、大人は伝える努力をしなくちゃいけない!と。声を大にして言いたい!があります。小言を言わない代わりに、やることは大胆(笑)。今でも忘れられないですね〜。

お2人の仲良しの秘訣(ひけつ)を教えてください。

天野 ウドちゃんが、ぼくが全く持ってないものを持っているということ。それを認めることが大切かなと。それと一般的にコンビがケンカするときは、方向性が変わってきちゃったってパターンが多いと思うんですよね。でもぼくらの場合、その方向性を常にぼく1人で考えているから(一同爆笑)。

ウド だってね、 天野くんが見定めたことに、間違いは一つもないんですよ。

読者に応援メッセージを!

天野 子どもの前でたくさん笑ってください! お母さんが笑って幸せそうにしていると、その幸せが子どもにもうつる気がするんですよね。

ウド 天野くんの言う通り!

親子写真

小平千秋さん(35歳)
柊花(しゅうか)ちゃん(小学1年)
花実(かざね)ちゃん(年少)

家族みんなお笑いが大好きで、
お2人のテレビ番組もよく見ています。
実際にお会いして感じたのは、
想像以上に人間味と優しさにあふれた方たちだったということ。
子どもたちのことも、
本当にたくさん笑わせてくれて、
心温まるステキな時間を過ごすことができました。
これからもずっとずっと
応援し続けたいと思います!

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